Sunday, 9 August 2015

国敗れて 山河あれ ・・・





これは何ということだろう?飾ったのだろうか?それとも本物だろうか?
何ということだろう!
杉や,その他何と見分けがつかぬ多数の樹木に蔽われた,遠近の山々が,濃淡様々な
緑色を呈して,
円形劇場のように層々と重なり合っている.少しも恐ろしいところはない.すべては
微笑む自然である.
山々はどれもこれも畦で区切って,上から下まで耕作してある.
この緑の色,沢山の小舟を浮かべた湾や碇泊所,灰色の家々の塊った不思議な村,
丘陵の続く瀬戸を飾るこの緑の色は,近くの丘はあざやかで,
遠くの山は薄ぼけて見えるが,それがすべて本物とは思われぬ位に調和がとれていて
絵のようであるから,
この景色は全部絵に描いたのではないか,と疑うほどである.
どこを見ても一場の絶景であり,一幅の絵である.さながら名匠の思いを凝らした趣向である!

--- ゴンチャロフ「日本渡航記」8月9日, 1853 長崎入港の日に





日本人は春は桜の花の色に,夏は生まれて忽ち死ぬる蝉の命に,秋はうつろう紅葉の色に,
冬は降りつむ雪のこの世ならぬ美しさに,
さらには寄せては返す浪の姿に,空に浮かぶ雲の動きに,無窮の意味の示されている
古い譬喩を,目のあたりに見たのである.

日本の国では,どうしてこんなに樹木が美しいのだろう.
西洋では梅や桜が咲いても,格別に驚くほどのことではないが,日本においてはそれ
が全く驚くほどの美の奇跡になる.
その美しさは,以前にそのことについていかほど書物で読んだ人でも,
実際に目のあたりにそれを見たら,口がきけないくらい,妖しく美しいのである.

--- 「日本文化の真髄」「東洋における私の第一日」 小泉 八雲( Lafcadio Hearn
1850~1904)



◆                               



この徳島の土地を初めて踏んだある美しい夏の午後,想えば1913年(大正2年)の7月
4日の午後のこと,
これが永住の地と定められていた,ささやかな住居へ歩いて往く路すがらから受けた
印象だけは,今もなお断じて忘れがたい.
想えば満目これ緑の印象だった.うっとりとした瞳に,ぐっと射しこんだ緑,
うごめく鼻にぐっと吸いこんだ緑.緑,緑,ああ,緑の一点張り.
なにごとも考えさせようともしなければ,眼前に展がるこまごました風景に目をやる
暇もないほど ,
緑一色の,専横で排他的な印象.これこそ色彩と芳香との微醺(びくん)とでもいうべ
きことだろうか.
山や,あたりの稲田や畑から,生い茂った草木の烈しい香気が鋭く襲いかかってきた.
まるで,創造し改造してやまぬ永遠の営みのうちに,母なる自然から迸り出る,生命
の神秘な発酵物の気のように.

モラエス ( Wenceslao de Moraes 1854~1929 )
ポルトガルの海軍軍人,後辞職し,日本女性と結婚し,徳島に隠棲









日本の墓は,自然の手に任せて,自然の中に溶け込み,消滅し去って行くもののように見える.
殊に田舎の墓地は特定の範囲に限られることはなく, 樹の下とかその他任意の一隅に散在し,
全く自然の風景の中にその姿を消してしまい,
いわば死者の身体も霊も大自然の中に吸収融合せられてしまうようになっている.
 --- 「日本文化私観」

茶室は建築ではない,いわば即興的にしたたまれた抒情詩である.
さらさらと書き流された詩でこそないが,木材,竹,障子,畳,壁などを素材とした
詩にほかならない.
往事の茶の湯の宗匠達は,かかる清純な気分の美の主観的一回性(一期一会)に重きを
おいた.
それだからこそこの美は,繰り返せばたちまち失われるのである.

--- 「日本美の再発見」ブルーノ・タウト( Bruno Taut 1880~1938 )




農民がその水田で足を泥の中に深く入れて働く時,
そこに人間が大地の中に挿入され,根付かされていく極点が出現する.
そのとき人間は,動物であるというよりは,むしろ理性を具えた植物である.

竹筒の花生けに咲き匂う花の1つ1つも,自然全体との絆であり,
さらには田園に展がる生命と豊饒に溢れた諸現象を享受する呼びかけでもある.
他方また日本人の生活全体が自然の千変万化の律動のなかに抱かれている.
人々は大挙して2月には梅花を,4月には桜,5月には躑躅(ツツジ)に藤,夏は蓮,
11月は菊に紅葉を賞づるために都市を捨てるのである.
おそらくこの国の社会生活のなかにあるであろう厳しさ,難しさにかかわらず,
全体の生活は一種のすばらしい芳香に満たされているのである.

--- 「アジアの旅」1961,68 ディエス・デル・コラール  (スペインの哲学者)





その白い障子に朝の日が半分あたって,室のうちの明るさがほんのりとして柔らかである.
 障子の外に鳥の声を聞き,障子の紙に竹や木の影を映して,
じっと月の光を感受することは,まことによき風情でもある.
    
--- 大山 澄太 「日本の味」



                           
「末期(まつご)の眼」という言葉は,芥川龍之介の自殺の遺書から拾ったものでした.
「いわゆる生活力というものは実は動物力の異名に過ぎない.
僕もまた人間獣の一匹である.しかし食色にも倦いたところをみると,次第に動物力
を失って居るであろう.
僕の今住んでいるのは氷のように透(す)み渡った,病的な神経の世界である.
僕がいつ敢然と自殺できるかは疑問である.
唯自然はこういう僕にはいつもよりも一層美しい.
君は自然の美しいのを愛し,しかも自殺しようとする僕の矛盾を笑うであろう.
けれども自然の美しいのは,僕の末期の眼に映るからである.」

--- 「美しい日本の私」 川端 康成